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記者会見

トップページ > 記者会見 > 『自由が丘で』第71回ヴェネチア国際映画祭 公式記者会見

『自由が丘で』
第71回ヴェネチア国際映画祭 公式記者会見

2014-10-12 更新

ホン・サンス監督、加瀬 亮、ムン・ソリ、キム・ウィソン

jiyugaokade

配給:ビターズ・エンド
2014年12月シネマート新宿ほかにて公開
© 2014 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.


『ヘウォンの恋愛日記』『ソニはご機嫌ななめ』2作が現在公開中で日本でも注目度急上昇中のホン・サンス監督最新作『自由が丘で』。第71回ヴェネチア国際映画祭でオリゾンティ部門に選ばれた本作の公式記者会見では監督をはじめ、主演を務めた加瀬 亮、韓国の人気女優ムン・ソリらが出席した。


「自由が丘8丁目」というカフェは主人公にとって、物理的な場所というだけでなく、もしかしたら時間、時の流れというものが意味を失っている“魂の場所”でもあるのではないでしょうか。この作品が生まれたきっかけを教えてください。

ホン・サンス監督: まず、私はこう考えたんです。ある人が、まとまった数の手紙を受け取ったのですが、転んだ瞬間に手紙が地面に落ち、順番がバラバラになってしまったとします。順番が乱れたままで手紙を読んでいくと、何が生じるだろう、と。私自身も観客と共にそれを見てみたいと思ったのです。このアイデアが本作を創る契機となりました。


監督はシネフィルから大変愛されている監督で、数々の映画祭でも受賞されています。監督の映画は全てがつながっていて、一つの大きな物語を描いている印象があるのですが、本作は過去の作品群とは違っていて、ある意味進化を感じさせます。ともかく、世界や実存に対するポジティブなビジョンがあるように感じましたが、いかがですか?

ホン・サンス監督: 私が新しいプロジェクトに挑むときにはいつも、自分の好奇心をかきたてることが必要となります。先ほど申し上げましたように、もしもこういう事が起きたら?という疑問からこの映画は始まりました。何が起こるか自分自身が見たかったのと同時に、皆さんのリアクションも見たいと思ったのです。これまでの作品に比べて本作がそれほど違うとは言えませんが、私は毎回自分の興味、好奇心にしたがって映画を創ります。こうしたプロセスを辿ることが私には必要なのです。


監督の作品は俳優たちの身体(しんたい)と強く結ばれている印象ですが、キャストはどのように選ばれるのですか?

jiyugaokadeホン・サンス監督: 私にとって重要なのは、俳優たちとの個人的な関係性です。過去にどんな映画に出演してきたのか、それらの映画でどのような演技をしていたのかは全く興味がありません。一人の人物と初めて出会ったとき、私はある印象を抱きます。そうした印象は、私の過去の経験や記憶の中にある何かと結びつくことがあります。その印象が強烈だと感じたとき、私はそのことを考え始めます。そこから物語の土台が作られ、全体の構成を作っていきます。そして、物語そのものに集中し始めます。その後、その物語にぴったりとはまる役者を見つけます。そのように、第一印象から始まって、私が描こうとしている物語に合う映画の形を探ってゆくのです。


俳優の皆さんにお聞きします。ホン・サンス監督とのお仕事はいかがでしたか?

jiyugaokadeムン・ソリ: ホン・サンス監督の映画には何度が出させていただきましたが、監督とは仕事をしているというよりも、いつも一緒に旅をしている、時間を共に過ごしているという感覚があります。監督と共にある時間を共有する、つまりさまざまな旅を共にする時は、とてもダイナミックな瞬間を生きていると感じます。ですから、映画を撮り終えた後も、とても深い記憶と印象が自分の中に残っているのです。ホン・サンス監督だけでなく、他のあらゆる監督たちと仕事をするとき、100%の信頼関係がないと、一緒に映画を創ることはできません。もちろん、監督と仕事をした時のあらゆる瞬間を覚えているわけではありませんが、とても興味をかきたてられ豊かな経験だったことは間違いありません。私のこれまでのキャリアにおいて、ホン・サンス監督とのお仕事は、他のどの監督との撮影でも得たことのない類稀な経験なのです。

jiyugaokadeキム・ウィソン: ホン・サンス監督の映画では、あらかじめシナリオを渡されるのではなく、毎朝撮影現場に行くと、その場で渡されます。そこからシナリオを読み込んで、一言も間違えないように覚える努力をします。そして実際の演技に入るのです。そこで絶対に忘れてはいけないのは、自分が演じるキャラクターに対する誠実なアプローチです。私がここで強調したいのは、ホン・サンス監督がどれほどの勇気を発揮しながら全ての作品を創り上げたかということです。彼と仕事をする時は俳優にも勇気を求められました。こうした努力は私たち俳優のキャリアをも豊かなものにしてくれたと言いたいです。演じることを学び続けられるのがホン・サンス監督の現場なのです。

jiyugaokade加瀬 亮: キムさんがおっしゃったように、毎朝現場でシナリオを渡されるので、あらかじめ準備していくことができません。僕が出来たのはただ、自分自身であろうとすること、自分自身に正直であろうとすることだけでした。とても不思議だったのは、完成した映画を観たとき、僕が演じたキャラクターの一部は僕自身で、別の部分は監督自身、そしてある場合には僕たちと全く違う人物のように見えたことです。どうしてこういうことが起きたのか分かりません。とにかくほとんどの場合、僕は無意識で演じた気がします。


この作品で一番重要な要素の一つは、主人公が日本人だということです。とても深い意味のある選択だったのですか?

ホン・サンス監督: この映画のあらゆることが、主人公が日本人であることと深く関わっていると思いますが、そのことが映画にどのような影響を与えているのかは正直、私にも分からないのです。映画がどんなテーマを語ろうとしているのかあらかじめ分かる場合もありますし、ある要素がどんな効果を与えるであろうか予測がつく場合もありますが、どのような感情が湧き上がってくるのか最初から全てを感じているわけではありません。そのことを深く考えながら映画を創っているわけではないのです。ただ私は、調和のとれた要素・成分を取り込もうとします。そこで何らかの反応が起きたら、その調和を大切にしながらまとめてゆくのです。


今回の作品には二つの面があると思います。一つは時間に対する感覚です。過去・現在・未来が描かれています。もう一方は、人生・愛・記憶を扱った映画だということです。それについてはお話しいただけますか?

ホン・サンス監督: この映画を創り上げる上で私にとって最も大切だったのは、時間とはいかに奇妙なものかということを考えることでした。私たちはいつも無意識のうちに、時間は絶対的な存在であり、私たちの意識を支配していると思い込んでしまっていますが、この映画を制作していた期間、私たちは時間に対する感覚が常よりも稀薄になっている気がしていました。ですから、物語のそれぞれの断片を、ちょっと違った形で切り取ることができたのです。日々が経つにつれて、さまざまな知覚概念が層を成していき、これまでとは違った筋の運びに至ったわけです。
jiyugaokade もしもクウォンが全ての手紙を順番に読んでいたら、ものすごく怒ってうんざりもしたことでしょう。ですが、手紙をバラバラの順番で読んだことによって、もう少し客観的でいられたわけですね。
 あなたがご指摘するもう一方の面については、正直なところ、私は何とお答えしたら良いか分かりません。先ほども申し上げましたように、これこれのシーンでこれこれの事を語りたいという思いは私にはないのです。私はただ、いくつかの要素をお見せします。登場人物もそうですし、ロケーションとか撮影当日の状況ですとか、これらの要素を全て混ぜ合わせる形で撮影していきます。私にとって、これらの要素にはなんらかの意味があるのです。これが私の撮影スタイルです。もちろん、記憶とか愛とかについて皆さんと語ることもできますが、私が唯一言えるのは、こうして混ぜ合わされた要素が互いに作用し合っているのが人生そのものではないかということです。映画をご覧になってさまざまなことを感じられるのは観客の方々の自由です。この映画に「愛」を見たり、どのように感じるかは観客の方々次第なのです。


監督の撮り方はとても特徴的のようですが、撮影期間はどのくらいでしたか?

ホン・サンス監督: 30日間でした。


ムン・ソリさん、ご自身が演じた役に女性としてどのような印象を抱かれましたか?

ムン・ソリ: 私自身、監督にどうして私をこの役に選ばれたのかお聞きしたいです。後でよく考えてみると、出来上がった映画を観てから感じたことなのですが、これまでホン・サンス監督の映画に出させていただいて演じた役の中で、今回の女性は一番エネルギッシュな人でした。撮影中は現場で感じたまま、監督に言われたまま演じただけで、そのことには気づきませんでした。それぞれのシーンで「女性として」特別なことをしたわけではありません。


監督、無くなった1枚の手紙には何か特別な意味があるのですか? それとも、特に重要な意味はなく、ただ単に1枚欠けているというだけなのでしょうか?

ホン・サンス監督: そのシーンを撮影したとき、私はただ単に手紙が1枚欠けていることを見せたかったのです。その1枚がどういう意味を持っているのかを示す意図はありませんでした。観客の方々に手紙が1枚欠けていることを気づいていただきたかったですし、どんな内容が欠けているのか想像していただけたらと思いました。最後のシーンが失われた1枚に書かれたことだったと思っていただいてもいいですし、そうでなくてもいい。観客の方々に好きなように想像していただきたかったのです。とにかく私が発想したのは、バラバラになった手紙には1枚欠けているページがあるべきだということです。どうしてそう思ったのかは説明できません。ただそうしたかったのです。


ファクトリー・ティータイム

 通訳がいたにも関わらず、終始英語で応えた監督と加瀬 亮。少しはにかむようにして話す二人の空気が驚くほど似ており、この映画ではまさに幸福な邂逅だったことが感じ取られた。これまで日本で公開されてきた、いろいろな意味で「熱い」韓国映画とは一線を画すホン・サンス監督の作品。「韓国のロメール」とも呼ばれるだけあり、一見日常的な風景を独特の感性で映している不思議な味わいのある監督の形づくる世界にはハマったらクセになってしまいそうだ。

(取材・文:Maori Matsuura、photos:71th Venezia Film Festival official materials)



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