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記者会見

トップページ > 記者会見 > 第69回ヴェネチア国際映画祭『千年の愉楽』記者会見

第69回ヴェネチア国際映画祭
『千年の愉楽』記者会見

2012-10-14 更新

若松孝二監督、高良健吾、高岡蒼甫、原田麻由

千年の愉楽yuraku

配給:若松プロダクション、スコーレ株式会社
2013年初春公開予定!

 紀州が生んだ稀代の小説家、故・中上健次の代表作「千年の愉楽」を、世界中にコアなファンが多い気骨の映画監督・若松孝二が映画化。第69回ベネチア国際映画祭ではオリゾンティ部門に招待され、記者会見では監督と出演者の高良健吾、高岡蒼甫、原田麻由が出席した。

若松監督は世界中にファンが多く、新しい道に目を開いてくれる作品をたくさん創られています。私たち外国の者は日本の文化に明るいわけではありませんが、それでも、監督の映画にはとても感動させられます。本作の原作は小説ですが、どういう風に映画化なさったのですか。

若松孝二監督: 中上健次の小説はあまり読んでなかったんですが、彼とは飲み友達で、一度喧嘩になったこともありましたけど、よく一緒に飲んで話したりしている内に、いつか彼の小説を1本撮ってやろうと思うようになってました。連合赤軍(『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』2007年)、三島由紀夫(『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』2011年)の映画を撮り終え、そろそろ彼の原作で撮らなきゃいけないなと思っていたとき、この原作に出会いました。僕も76歳で先がないから、そろそろ撮れなくなると思い、老骨に鞭打って撮りましたね。

この小説のどこが一番面白いと思ったのですか。

若松孝二監督: 僕も若いときからこだわってきましたが、この小説には差別の問題があるわけです。あそこで生まれた人たちは血のせいで差別される。出身のせいでまともな仕事にもつけないんです。僕は東北出身なので差別はあまりなかったですけど、和歌山とか京都の辺りではどうしても差別が残っています。差別問題というのは、根本には天皇制が関わってくるわけですが、天皇のことに触れると右翼の方々に何か言われるのであまり話したくないですね。

性的な描写が多いですが、性を使うことで権力者と闘うことができると感じたのでしょうか。

outrageb若松孝二監督: この映画では、「権力」というよりも「女性」を描いています。女性は月に一度血を流す。女性にはかなわないという思いがありました。女性は毎月、生きて死んでいくという繰り返しをずっとやっているのではないかと思います。『千年の愉楽』と一緒に撮った映画(『海燕ホテル・ブルー』2011年)も似たようなテーマでした。言葉では表現しにくいですが、脳の片隅でいろいろなイメージが湧いてきます。撮っているときには無我夢中で、俳優に「その演技は違う!」と言っても、言葉では説明できないんですけどね。僕は言葉や文字では表現できないので、映像を使って表現させてもらっています。それが僕の生き方です。

俳優の皆さん、若松監督の演出や現場の雰囲気はどうでしたか。若い俳優の間で伝説化されている監督ですが、監督に対する印象はどうでしたか。

若松孝二監督: まず先に言わせてもらいますと、僕の映画に若い人が出てくれるのは、自由にやってもらうからじゃないかな。みんな俳優という商売をやっているプロなわけだから、愚かな監督のようにいちいち指示はしません。プロの仕事をやればいいと言っています。だから、若い人たちは僕と一緒にやりたがるんじゃないかな。あと、自分で言うのも何ですが、国際的な映画祭などに呼んでもらう機会も多いですね。最近の日本映画のように、猫とか犬とか漫画を材料にして撮っているとやがて飽きられるわけで、僕はその隙間をついている監督なんでしょうね。

outrageb高良健吾: 監督の撮り方は、テストが1回の時もあるし、本番一発の時もあります。自由にしていいよと言いつつ、いろいろ演出を入れてくる監督もいますが、若松監督は本当に自由にやらせてくださいます。自由とは役者にとって怖いことでもあるんです。でも、監督が役者を信頼して自由にさせてくださっているというのはとても嬉しいことです。25歳の人生で経験してきたことから何か出さなきゃいけないと勝負出来るのが若松組かなと思います。だから楽しいんでしょうね。

高岡蒼甫: 以前から監督の映画に出たいと思っていたわけではなくて、どの監督と仕事をしても僕にとっては新しい環境なんです。今回はたまたまタイミングよく若松監督に呼んでいただけて、その瞬間を精一杯生きることができたと思います。

原田麻由: 私も監督に怒鳴られたうちの一人ですね(笑)。好きに演じられるというのは怖い現場でしたけど、怒られなかったときにはかけがえのない瞬間でした。自分の人生においてもかけがえのない経験になりました。自分が出ていないときにも現場には行きまたけど、すごく早い撮り方で、生々しかったというか、時にとても輝くような驚く瞬間を目撃して、それが若松監督の魅力なのだなと思いましたね。

監督はこれまで、政治的なテーマをアーティスティックに撮られてきました。三島の映画では政治的なアヴァンギャルドがあり、今回は部落のコミュニティというテーマを取り上げられました。監督は、映画を通じて政治的な革命ができると思われますか。

若松孝二監督: たかだか映画ですが、僕の場合は映画で闘う以外ないんですね。映画を武器にして想いを訴えます。三島の問題にしても、当時の若者たちがなぜ、ああいう形で亡くなっていったのかということを日本は一切出していません。差別の問題だって、日本には今でもいっぱい残っています。そうした問題を、映画を観る方々に考えていただきたい。僕も若い頃だったらゲバ棒をもって戦っていたと思いますが、今は映画以外ありません。政治的と言われようが、今度は東電の問題を絶対に扱ってやりたいと思っています。誰もやってくれないですから。映画は国家とケンカするのにもっとも手っ取り早い手段かもしれません。

若い役者のエネルギー、美しさはご自身の映画の中で大きな役割を果たしているとお考えですか。

outrageb若松孝二監督: 果たしていますよ。彼らを見たくて、わけも分からないまま若い方々が僕の映画を観に来てくれるわけですから。その結果として映画の面白さを分かってもらえると嬉しいですね。若い人たちが映画の魅力に取りつかれるように、僕はいつも自分の作品を1000円で見せているんです。映画は観ると、どんどん観たくなるものなので。僕は宣伝から配給、プロデューサーまで全てやっています。プリントを担いで新幹線に乗って九州までだって見せに行きます。仲間内だけでやっていて、みんなでそれぞれお金を少しずつ出し合いながら映画を創っているから安くできるんです。ヒットのことは考えず、国家が隠そう隠そうとしているものをぶちまけたいと考えています。

監督は、映画を1本撮るのにどれくらいの時間をかけていますか?

outrageb若松孝二監督: 今回の撮影は13日くらい、編集で2日かけました。頭の中にイメージが全部あるので、余計な時間は必要ありません。頭の中ですでに編集していますから。僕は夜に仕事するのが嫌いなんです。だいたい、真剣になってひとつのことに集中すれば、そんな時間がかかるものじゃない。僕の撮り方はゲリラ戦法です。だから早い。それぞれの役割なんて固定していないので、カメラはカメラだけやっていればいいわけじゃない。僕の組では一人として遊んでいる人間はいません。ただし、好きなものしか撮らないですけどね。どんなにお金をもらってもやりません。絶対に「これを撮りたい」という心が入らなくてはいけない。トリノの映画祭に、一人で自転車に乗って旅をする映画(『17歳の風景 少年は何を見たのか』2005年)を出したことがありますが、映画祭の人に映画は高いお金をかけなくても撮れるということが分かったと言われました。今後もこのやり方を続けていくつもりです。


ファクトリー・ティータイム

 根底には部落問題というテーマを孕みつつ、日本の地方独特の土俗性が強烈に香り立つ中上健次の世界を描いた今回の作品は、海外の人々には入りにくかった感もあったというのが正直なところだ。ただ、プレス試写で、エンディングに字幕付きで流れた奄美の唄者・中村瑞希が魂を絞り出すように唄う曲の歌詞を、物語の本質を探ろうとするかのように、立ったまま食い入るように読んでいたマスコミたちの姿がわたしには印象に残った。
大きなものに巻かれることは絶対になく、撮りたいものだけを撮り続ける、日本では希少な気骨の映画人・若松孝二監督。記者会見でも、映画祭サイドや出席している海外記者陣から、監督に対する深い敬意が感じられた。最後まで、映画という武器で闘い続けてほしい。

(取材・文・写真:Maori Matsuura、※レッドカーペットの写真のみオフィシャル素材)



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