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『東京オリンピック2017 都営霞ヶ丘アパート』公開記念記者会見

2021-07-05 更新

菊池浩司氏(元アパート住民)、青山真也監督)

東京オリンピック2017 都営霞ヶ丘アパートtokyo2017film © Shinya Aoyama
配給:アルミード
8月13日(金)よりアップリンク吉祥寺ほかにてロードショー

 明治神宮外苑にある国立競技場に隣接した都営霞ヶ丘アパートは、10棟からなる都営住宅。1964年のオリンピック開発の一環で建てられ、東京2020オリンピックに伴う再開発により2016年から2017年にかけて取り壊された。本ドキュメンタリーは、オリンピックに翻弄されたアパートの住民と、五輪によって繰り返される排除の歴史を追った。この度、本映画に登場する元アパート住民のひとりである菊池浩司氏と青山真也監督が記者会見を開き、立ち退きについての一連の出来事を振り返るとともに、「絆」や「世界平和」という言葉の下で開催に突き進む東京五輪について現在の心境を語った。


 最初に、都営霞ヶ丘アパートについてのドキュメンタリーを撮ろうと思ったきっかけを聞かれた監督は、「2013年にオリンピックの東京での開催が決定した後にオリンピック関連の映画を観たのですが、市川崑監督の64年の記録映画『東京オリンピック』は、始まってすぐ日の丸に重なるようにして建物を打ち砕くシーンが出てきました。開会式よりもまず解体の映像が出る。しかもそれがオリンピックの公式映画だというその意図を深く考えさせられて、スポーツそのものではないオリンピックについて、映像に関わる私に何かできるのではないかと考えていたところ、霞ヶ丘アパートというところがあり、2回立ち退きに遭った人がいるという話を聞いた」と経緯を話した。

 監督は、「あそこのアパートの前身があったのですが、64年のオリンピックの時も再開発があって、オリンピックが来るということで、立ち退いた人もいました。新しいアパートになるから喜んだ人もいたと思います。まさに今(東京2020オリンピックで)繰り返されているのが映画の中でも触れられていて、本作では、そういったものを昔のフィルムを通してだとか住民のお話を通して、振り返っています。」と映画の内容について説明。

 完成した映画を見た感想を聞かれ、菊池氏は、「餅つきがあり、花火があり、自然の中で自然に生活していたので、映画を観てこんなこともあったんだと思ってすごく感動しました。皆さんが集会場に集まって写真を見ながら『こんなことあったわね』と観覧したり、皆で花火を観てうわーと一体となった楽しかったところを撮っていただいたのは一生の宝だと思います」と感謝を伝えた。

 菊池氏は、平成元年ちょっと過ぎに霞ヶ丘アパートに移転したそうで、昔から住んでいた人が多い霞ヶ丘アパートの中では、新参者。移転問題が起きる前のアパートでの暮らしを聞かれ、「4階に住んでいたんですけれど、皆、結構和気藹々で楽しそうでした。挨拶もするし、仲良くなってよかったです。朝、神宮外苑にラジオ体操に行ったりしたら、階段は苦にならなくなって住みやすくなり、『ここから離れたくない』と思いました」と当時の様子を語った。

 「立ち退きの通知が来た時は、最初は信じられなかったんですが、あれが来てから自分も混乱し始めました。霞ヶ丘アパートで余生を過ごすと思っていたのが、突然移動するようにという命令だったので、移った後どうしたらいいかと混乱して、しばらく呆然としていました」と立ち退き問題が浮上した当時の状況を話した。

 立ち退きについては、「猛反対でした。理由はいっぱいあります。ここで生涯を過ごすと決心していて、いろいろな計画も立てていました。あのアパートは、風呂場があっても風呂桶とか風呂の設備がなかったので、安い年金でもなんとかお風呂だけは入りたいと思って、何年もかかって何十万円もかけてやっと風呂桶を買って、ガスも引いた途端に引っ越しの命令が来て、愕然としました。何のためにお金をつぎ込んだのだろうかと」と理不尽なエピソードを紹介。

 青山監督は「菊池さんが移転を拒んだ理由についてですが、菊池さんは中度障害を持っていて片腕がない状態です。霞ヶ丘アパートではそれなりに使いまわせる広さだったけれど、移転後は狭い部屋になってしまう。自分より上の物、タンスだったり収納スペースが高いところの物が取れない。それなので、移転はできないというのが大きな理由としてありました」と補足した。

 菊池氏は、「充実した人生だったんです。オリンピックの招致には賛成していたんです。(青山)キラー通りという通りがあるんですけれど、その通りの商店にオリンピックの誘致のための旗を立てるのも手伝ったんですけれど、だんだん俺何のためにやったんだと思うようになりました」と悲しいエピソードについても話した。

 今月開催されるオリンピックについて聞かれた菊池氏は、「選手の方たちは一生懸命練習されているんですけれど、苦しんでいる人もたくさんいるんだから、オリンピックの組織というものはもう少し思いやりを持って僕らみたいな引っ越す一人ひとりにもっと綿密に話を聞いて、希望に沿ったようなやり方をしないと。ああいう上からの命令だと姥捨山(うばすてやま)のような考えで、強引だったんですよね。そういう考え方だったので、オリンピック組織に対して不信感を感じるようになりました」と思いを吐露した。

 青山監督は、「この映画では多くの住民を映して、見せているんですけれど、そこにも様々な意見があるので、彼らが立ち退いたという傷を私がいくらでも都合よく利用できてしまうので、このアパートのことをもってして、今のオリンピックに対して言うことはないです。ないですが、本作は公開をするので、この映画を観てくださった方々が何を思うのかということには期待しています」と本作に込めた想いを話した。

 質疑応答で記者から本作を誰に観てもらいたいかと聞かれた青山監督は、「今のところオリンピックを開催する予定なので、受け入れる日本の方々にも観て欲しいですし、オリンピックは4年に1度行われるわけですし、メジャーイベントは多くありますので、オリンピック問題・立ち退き問題について海外の方にも観ていただきたいです。また、菊池さんからよく言われることなんすけれど、組織の人にも住人たちのことをぜひ見て欲しいです」と回答した。

 また、立ち退きで亡くなられた方について聞かれた青山監督は、「2016年1月が東京都が決めた移転期日だったんですけれど、130世帯の方が移転しました。その中で20名以上が亡くなっていることを確認しています。高齢の方が多かったので、いつ亡くなってもおかしくないとは言えると思います。ただ、劇中で引っ越しを手伝っていたメガネをかけた女性の方は、引っ越して2日後に脳梗塞で亡くなられ、そのまま病院で亡くなってしまった。間違いなく引っ越しの負担が多かったと思います」と衝撃の事実を語った。

 他の記者からは、「映画館で観てもらうというのはもちろんですけれど、暮らしが映像にこうして残るということは、40年後50年後の方が観る可能性がある。どう見てほしいか?」と質問があった。菊池さんは「『こういうこともあったんだな。今やっているオリンピックは庶民的になったな』と思うように組織が変わることが希望です」と回答。

 青山監督は、「50年後というのが僕の中で大事なキーワードになっています。この映画が64年の時の立ち退き問題に触れている映画で、まさに50年前なんです。さらに、そこで立ち退いた人が2020年にまた立ち退いていて、その50年後、私は菊池さんと同じような年齢になるんです。撮影中は立ち退くか分からなかったので、“なくなるかもしれない生活”をどのように映像に残すかを考えながら、引っ越しのシーンだけでなく、生活をしているところを意識的に映像に残しています。他の人から見たらたわいもない日常の生活かもしれませんが、これが50年後に持つ意味というのは、もしかしたら変わってくるのではと思います」と話した。

 最後に青山監督が、「昨日発表になったんですけれど、オリンピックの開会式に合わせて、東京と京都で1週間の先行上映が決まりました。オリンピックに合わせて観るというのは不思議な気もしますが、この機会に観てほしいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします」と告知をして、記者会見は終了した。




(オフィシャル素材提供)



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